茶筅を倒した天下一の手前
2014/2/28 18:38
利休がある日、宇治の上林竹庵からの茶事の招きに応じ、数人の門弟を同伴し、その居庵を訪れた。竹庵はたいそう喜び、さっそく、利休たちを茶室に通し、みずから茶を点てて、客にすすめたが、あまり緊張したためか、手元が震え、茶杓が棗の上から滑り落ちたり、茶筅が倒れたり、さんざんな不手際を演じた、利休の門弟たちは、たがいに袖をひきあい、腹の中で冷笑していた。しかし、茶事がすすむと、正客の利休が、
『今日のお亭主のお手前は天下一でござる』
と、言って賞賛した。
そこで帰り道、門弟の一人が利休に向かい、
「あのような無様な手前をなぜ天下一といってお褒めになされたか」
と、聞くと、利休が答えるには、
『竹庵は、この利休に手前を見せようと思って、われらを招いたのではない。ただ、一服の茶を振舞おうとして招いたのである。それゆえ、湯の冷めぬうちにと思い、怪我、あやまちも、心に留めず、ただ一心に茶を点てた、その気持ちに感心したのである』と。 [喫茶余録]
茶事には真心が必要である。どのような名器が使われようと、また、どんなに点前が見事であろうとも、真心のかよわない茶事は、単なる行事に過ぎない。
利休はそんな茶事には招かれたくなかったらしい。
[茶道の逸話]